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『休日』

タイトル:休日
『進化する天国』シリーズの小話、まだ修正の余地あり、あとで調整するかも。

登場人物
 語り手=僕  …職業:殺し屋&クリーニング店手伝い、茶髪の兄ちゃん、優男。一家代々ころしやさんの長男坊。
 彼女、または君…職業:SM女王様 たぶん雇われ店長クラス、オーナーは別。だいぶ呑んでる。
 バーテン   …モブ。

語り手と女性は幼馴染。スラム街である『裏通り』出身コンビ。今日は休日が重なっているので呑みに来たらしい。詳細未設定。

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「この前聞きたがってたクズの話、したげるよ」
 と、幼馴染に誘われて、久しぶりに街へと繰り出した。
 会いに行ったのは僕の方で、どちらかと言えば生存確認の為に彼女の様子を見に行ったのだ。ドアを叩いてまだ生きてるかと問いかけると、部屋の奥からガタガタ聞こえて彼女が起きていると知れた。これから少し彼女の部屋で僕が持参した酒を飲み、たばこを吸ってからそんな話になったわけだ。

「ねぇ、ねぇ」
 隣からひじをつつかれて眠い目を開けた。
 やっと物が見えるくらいに暗い店内。弱いランプの光を受けて、グラスの中の琥珀色だけがくっきりと光る。黒いカウンターの人工的ななめらかさに頬まで沈めて、幼馴染の彼女はひどく酔っぱらった目を僕に向けていた。くふくふとかすかに息がこぼれるような笑い声。少女の頃と同じだ、と思ってしまって苦笑が漏れる。もう僕らは少年少女って年じゃない。
「あのね、今酔ってる」
 彼女が言うから、こちらもクスリと笑いながら「うん」と答えた。彼女はにっこりと眼を細める。暗い店だからだろうか? 三白眼のコイツにしては今日は黒目がちに思えるのが不思議だ。
「知ったばっかの事だし、聞いてくれるのたぶんアンタしかいないと思うから今言うの」
 半分もにゃもにゃと溶けそうな声が言葉を続けている。真っ直ぐ視線を合わせたら、いつもは蛇みたいな目が一点物のお人形さんみたいにキラキラしていた。まるで児童文学のアリスのようだ。なんて似つかわしくないんだろう。そんなもの、きっと君からはとても遠い存在なのに。
「あのね、店の連中や常連どもの裏切り万歳とか自由謳う奴らもね、すごいよ!あのね、他人の事ね、同種族だと思ってるんだって。この前面食らったよ、ヒトガタだと人間なんだって」
 この世の秘密を知った風で君がささやく。秘密の真実、内緒の話。7つ、8つの少女みたいないたずらな言い方で。
「すごくない? アタシはその発想ね、なかったの! だって、花や魚の種類の違い、わからない人いるでしょ? それと同じで似てたら一緒って感じで見てた。アタシとは違うけど花弁の形が似てるーとか、そう。だから知識足らずで一緒に見えるだけだと思ってたの。でもねぇ、馬鹿みたいに金稼いだ奴が言ったのよ。人は人なんだって。人間の形してたら……まぁそれがどの範囲までかは酔ってて聞けなかったけど……とにかく人の形してたらニンゲンで、自分も相手も『同じモノ』なんだって。すごくない?」
 ああ、と思った。
 なんだ、遠くなんてなかった。アリスだな。いつまでも子供のまま、12歳の少女のままで狂った世界の夢を見る。いつでも酔っている君は、時にひどく幼い子供みたいなことを言う。『まともな奴』ならよっぽど幼いうちにしか気付けないような、そんなこと。
「ねぇ、君、時々子供の頃よりずっとずっと子供みたいなこと、言うよね。未熟って意味じゃなく、物の見方っていうかさ」
 ぼそぼそつぶやきながら、もう減る気配のないウイスキー・コークを背の高いグラスの中で回す。君に聞こえているのか、いないのか。その辺、もうどうだっていい。
「子供ってときどき大人と違うことを言うんだよ。まるで世界の真実みたいな、ドキッとするようなこと。見るもの聞くものが一緒でも常識ってのに染まってない、からかなぁ? それとも本当に違うものが見えてるんだろうか? 君なら後者だろうけど、一般的な『子供たち』はどうなんだろうね」
 ガラスを伝う水滴が僕の指を冷たく濡らしていく。彼女がはしゃいで言った『すごくない?』に答えていないことに気付いたので、その解答は素面の時に取っておこうと思った。
「ワカンなぁーい! アタシはもういいオトナだし、子供って嫌いだし! だってうるさいもん。でも一人一人全く別の世界を見てるのは確かじゃないかなー? だって人と人とは他人だもん!」
 まだガキの頃、教室で誰かの問いに答えていた時と同じ声で言いながら、彼女は腕を伸ばしてカウンターに突っ伏した。
「そいえばねぇ」
 ふと、思い出したように君が顔を上げる。
「今年から雇った新しい子がさぁ。『わぁ!』って。嬉しそうに言うのよ」
 話しつつ、自分のロックグラスをつまんでふらふら揺らすものだから、溶け残っていた氷がカランと鳴る。もう違う話だね。酔っぱらってるからね。僕も随分飲んだから久しぶりに酔ってるよ。明日、この会話を覚えていられればいいんだけど。たぶん大切な話をしているんだと思うから。
「そいつね、アタシに向かって『レディ!手スッゴイ綺麗です!顔より手、キレイですネー!』って」
「ぶふっ! それ、逆に失礼!」
 思わず吹き出してしまった。最近の若い子は…などと言うほど僕らも上じゃないけどさ。やっぱ10代の子は違うね。あの店で新人といったらたぶんそれくらい。もしかしたら外の都市や外国からの出稼ぎかもな。そういう女子も多いから。
「『それは褒めてるのか?貶してるのか?取り敢えず失礼だぞ!腕あげたなァ!!!』って言ってやったの。ディスってんじゃねぇぞ!」
 話しているうちに眠気が引いたのか、ゆっくりと身を起こして君が笑った。半分まで減っていたグラスが一息で空になる。おかわりの合図は無言で空のグラスを振って見せるだけ。彼女の馴染みらしいバーテンが当然のようによく冷えたジンをボトルで出してきた。今気づいたけれど、君のだけやけに綺麗なグラスじゃない? なんだか高そうだね、僕のはよくあるチープなやつで、飲料会社のロゴ入りだけど。
「うん、君も大概汚れ切ってるけど、手だけはまだ綺麗だよねぇ~」
「それ綺麗の意味、違うよね!?」
 君がケラケラ嗤うから、今日は僕も笑っていられる。明日からはまた死んだふりだ。他人の心臓を止める前に、自分の息を殺すだけ。
 清潔な部屋にばらまかれれば邪魔物でしかないゴミクズも、クズカゴの中では多数派だ。息苦しいね。あの場所はクズカゴだけど、僕は未だにどっかがまともなままでいる。僕が君みたいだったらどうだろう? 君は大概普通じゃないけど、人よりずいぶん正気だからな。どうだろうな、やっぱり息苦しいかもね。
 クズになりきれない僕だから、明日も死んだふりして生きていくんだろう。彼女よりも酒に弱い僕はそろそろ限界に近い。頬杖をついてみたけれど、頭蓋骨が手に沈んでいきそうな気分だ。まだしゃべっている彼女に向かってネムイと一言投げかけて、僕はそっとまぶたを閉じた。

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おしまい。
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くらげ


■ くらげ

12月24日。
 少年は夜道を行く。
 北国の冬には珍しく晴れた日だった。日が暮れて暗くなった空は濃紺。辺りを覆う白い雪とのコントラストが美しい。
 サクサクと粉雪を踏む帰路。今日はひどく寒い。明日の予報は雪、気温は上がるそうだ。暖かい日は牡丹雪が降る。粒が大きければ大きいほど、空が暖かい証拠だという。
 ふと仰ぎ見ると月が出ていた。満月だ、まんまるだ、ほぼほぼまんまるだ。すごいじゃん、満月じゃん、なぜか笑えてカメラを構えた。
 後日、現像から帰ってきた写真は紺色の中にちっぽけな白丸がぼやけて写っただけのつまらないものだったが、少年は昔見た深海の電飾クラゲを思い出してひそやかに笑った。


12月30日。
 男は真夜中の都心を歩いていた。
 昼の喧騒はどこへやら、ビジネス街の夜は静かだ。
 シンシンと耳が鳴るほどの静けさ。灯りが付いた窓は残業の証だ。いまだ仕事納めのこない人々よ、今夜もごくろうさま。
 ほた、と雪が降り始めた。初雪だ、ぼたん雪だ。故郷では暖かい日にしか降らないやつ。数日前ならホワイトクリスマスでロマンチックだったのではないだろうか。とはいえ、独り身としては『ロマンチックを逃した彼女持ちども、ざまぁ見ろ』くらいの感想しか出て来ないけれど。
 ほたり、ほたり、灰色に鈍る夜空から落ちてくるそれを小さなクラゲのようだと思った。


12月24日。
 にぎやかな街に若い女性が現れた。
 『今夜は聖なる夜だから~♪』と服屋さんのスピーカーが歌う。
 彼女は雑貨屋の帽子やマフラーを集めたコーナーにいた。何度も何度も同じ品を手に取ったり置いたり、何度も何度も同じコーナーを行ったり来たりぐるぐると周回。彼女が身にまとうのも毛糸製品ばかりでとても暖かそうだ。毛糸のコート、毛糸の帽子、古いマフラー、毛糸の手袋。毛糸って見た目は暖かそうだよね。本当は風の強い日だとあまり暖かくないんだけど。
 ニットにまみれた店内をぐるぐる、ぐるぐる。10分も20分も飽きることなくうろついている。暖かな手袋はこの間、買ったばかり。白いマフラーは毛玉が目立っている、そろそろ新しいものがほしいかもしれない。ぐるぐる。
「バターんなるよ」
 くつくつと笑ったのは離れて見ていた青年。通路を挟んだ向こう側のベンチで熱い缶コーヒーを飲みながら。
「バターって何」
「知らんの、本であるやん。トラが周りすぎてバターになった話」
「ホラー?」
「童話」
 歩み寄った彼女と座っていた青年はくふくふ笑って言葉を交わした。
「んー…迷う」
 青年の隣に腰掛けて彼女が低い声を出すと青年はふきだしておかしそうに言った。
「どれでもええやん、見本なんか無駄やて」
 青年が抱えた包みには編み物の本。クリスマスのプレゼントには編み棒のセットをもらうそうだ。秋色の毛糸玉は少女の服とよく似た色。
 素人目じゃ解読できない編み図はまるで高度な暗号のようで、4歳下の妹が本当に帽子なんか編めるのかどうか、コーヒーが好きな兄貴はひそかに完成しまいと考えている。


1月1日。
 老いた女性が一人、山小屋の外に立っている。
 それほど登りにくい山ではないが、やはり冬山の登山はなかなか堪えるものだ。それでも初日の出を山頂で見られたことは大きい。疲れも眠気も忘れられる気がした。
 奇跡のような晴れ間から真っ赤な朝日が昇り出て、だんだんと金色に変わりゆくのを夫とともに見た。北国出身の夫は今でも「この程度の寒さじゃ冬のうちに入らん」とたびたび笑う。マイナスしかない世界なんて考えられない、と返せばプラスになる冬が気持ち悪いんだと不機嫌になるのだ。二度と帰らないという割に、故郷が好きなのだろうか。
 明け方の晴れ間はどこへやら、昼前の今、空は一面の雲に覆われていた。あの雲が水蒸気だと知ったときの釈然としない気持ちは老年となった今でも忘れられない。昔飼っていたハムスターの毛みたいにふわふわと柔らかそうなのに。
 雪国の冬空はめったに晴れることがないという。でもその空はひどく明るくて、いつだってシルバーグレーに輝いているのだと昔、夫が言っていた。
 空を均一に覆う雲の向こうに太陽の形が透けて見える。肉眼では見ていられないはずの恒星がただ少し眩しいだけの白い円盤となって雲の向こうから透けて見えるなんて、なんとも不思議な気分だ。となると雲はハムスターの毛皮よりも、マットな白銀色に輝くサングラスみたいなものかしら。
 山小屋から人が出てくる音がした。キィと扉、ザクザクと雪を踏む足音が。振り向くと少し渋い顔をして、煙草をくわえた夫が歩み寄ってくるところだった。
 ヘアカタログに載っていた流行のボブはクラゲをかぶったみたいだと夫には不評だ。白髪染めをやめちゃったからかな? 半分以上が白髪だから、なおさらクラゲみたいなのかも。
「寒いねぇ!」
 呼びかけたら夫は苦く笑って「まぁ、こんくらいだな」とつぶやいた。
 息が白い。呼気の水分が霜となり、髪や眉もところどころが真っ白く凍る。空も白い。明るさを増した空は白銀を越えてただ、白い。
「ねぇ、昔、帽子編んだよって、あげたん覚えてる?」
 付き合って初めての春、冬のうちに編みあがらなかった毛糸の帽子はもう防寒具の必要がなくなってから夫の手に渡った。あの頃は優しく笑って受け取ってくれた夫も最近ではことあるごとに容赦なくツッコミを入れてくる。今、春になってから毛糸の帽子なんか渡したら、季節外れ品の安売りを疑われるに違いない。
「覚えてるよ、付き合ってすぐだろ?」
「あれねー…」
「お義兄さんがほぼ編んだって、だいぶ前に聞いたわ」
 隠し事は告白する前に明るみに出ていた。わいわいと声がして他の登山客も山小屋を出る。これから下山。下界に帰ったらまず、兄に文句を言わなければなるまい。
「……次どこ行く?」
 気まずく話題を変えると夫はおかしそうにせき込んで言った。
「……くらげ」
 夫の定年退職とともに旅行が趣味となった二人にとって『次どこ行く?』はお決まりの一言。たいていは妻が言う。夫は単語でばかり答えている。
「くらげって何よぅ」
「くらげ、見に行こう。水族館。くらげの水族館」
 むくれた女性に、夫はいつもより柔らかい笑顔を見せて答えた。女性は年末に見た水族館のニュースをかろうじて思い出す。クラゲだらけの水族館、若者や家族連れにも人気なんだとか。
 知ってた? クラゲって海の月って書くん。
 水の母とも書くけどな。
 ゆるい会話を続けながら二人は山小屋に戻っていく。下界に降りたらまずは彼女の兄を訪ねてから水族館を探さなければ。きっと青い水槽に一杯のクラゲたちが、二人の来訪を待っていることだろう。

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